見えない世界

神棚を設置した理由

数年前に和室に簡易的な神棚を設置しました。
うちの実家には仏壇も神棚もありましたが、今の世代のおうちにはどっちもないことが多いのではないでしょうか。

私が神棚を設置した理由は2つです。
1つはお札を置く場所が欲しかったこと。
神社に行ってもお札を買う習慣はなかったのですが、産土神社を知ってから一宮なども気になりだして、年に1回お札を買うことにしました。
京都の一宮である下賀茂神社・上賀茂神社のお札、近所の神社のお札、あとは天照大神さまのお札、合計3枚を神棚に収めています。

もう一つの理由は、神社に行けないときにもお参りする場所が欲しかったこと。
行きたいなぁと思っても疲れていたり、どしゃぶりの雨だったりすると足が遠のきます。
個人的には神社の空気が好きでよく行くのですが、いけないときにもお参りできるのはありがたいです。

〈自分は生かされている、見えないものに守られているという感覚を確認するため、忘れないために手を叩き、一礼する〉

私の場合、そんな風になってきています。
生かされている、という意味は幅広くて、他の命を食べて生きている、という意味もありますし、この命をもらったことも自分の意思かもしれませんがそれだけではないのだろうという意味もあります。

神様についてはいろんな意見がありますが、私は見えないので本当のことはわかりません。
ただ、朝と寝る前に手を合わせることが習慣になりつつあります。
例えば神棚がなくなってしまっても、たぶんこの気持ちがなくなることはないんだろうと思っています。

ちなみに神棚は無印良品の一番小さいもの、簡単に壁につけられるタイプを使っています。お掃除も設置も楽です。
真ん中にお米、向かって左はお水(正月だけはお酒)、右は塩。
ずぼらなので毎日は替えていませんが、ほったらかしになりすぎないように気を付けています。

Back To Top