雑記

所有するということ

ご存じの方も多いかもしれませんが、屋号の『レラ』はアイヌ語で〈風〉という意味があります。

話は飛びますが、興味があり、旧約聖書の図解を読みました。
感じたことは、
--こんな時代から人は権力や所有のために争っていたのか・・・。
ということです(決して旧約聖書の批判ではありません)。

同じ時代、日本では狩猟時代、縄文時代でした。
おそらく人種、性格的なものは大きいと思いますが、大きな争いがなかったと言われていること自体、本当にすごいことなんだなと感じました。
キーワードはやはり〈所有〉だと思います。
自分のものにしたい、自分のものである、という概念が妬み、憎しみ、焦りを生むのではないか。
稲作が始まってから生まれたと言われるこの〈所有〉の概念によって今も私たちは争っているんじゃないかと思います。
それは、冷蔵庫のプリンは私の!というところから、私の彼氏は私のもの、とか、その土地は自分のもの、とかそんなところまで広がっていきます。

お金の存在も所有の存在に一役買っているでしょう。
お金を払って私たちはたくさんのものを手に入れます。

けれどそもそも、物も物以外も本来誰のものでもないはずです。
地球は誰のものでもないからです。
少し借りたり、使わせてもらったり。
だから大切にしなければならないはず。

きっと昔の人はそのことをよく知っていたし、常にそのことを考えていたのではないかと思います。
縄文人やアイヌ民族のアニミズムは決して偶像崇拝の代わりではないと私は考えています。

風は西洋では知性を表す元素です。
人に与えられたのは知性であり、それは自然と共存するために知恵を絞ることを意味するのだと思います。
結局、どんなに文明が進んでも化学が発達しても、戻ってくるのはここなんだと確信しています。

少なくとも私自身がそのことを忘れないように。
そんな想いで〈レラ〉を作りました。
読んでいただき、ありがとうございます。

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