占いコラム 見えない世界

運命は与えられたのか、自分で作るのか

さすが梅雨というだけあって雨がよく降りますね。
最近、とある占星術の本を読んだのですが、その中に興味深い言葉がありました。

例えば、占星術や四柱推命は、生まれた日からその人の性質や運気を読み取る命占(めいせん)と言われる占いに属します。

「運命は生まれたときから決まっている」

この言葉を耳にすることは多いかもしれません。わたしはこの言葉があまり好きではなく、どうしてなんだろうと思っていたのですが、その理由が少しわかった気がしました。

「運命は生まれたときから決まっている」→「運命は決められたものである」

こんなふうに解釈していました。となると、疑問が残ります。
決められたもの・・・誰に?
という問いです。

この問いに正解はないものとして、話を進めますが、自分の人生が他の何者かによって決められているのだとしたら、(たとえそれが神様や宇宙であっても)それはもう自分の人生ではないということではないか、ということです。
わたしの違和感はずっとこの部分にあったのだと思います。

「運命は自分で決めて生まれてきたのだ」
「自分がこの日を選んで生まれたのだ」

人生に関わっていく、というのはこういうことでもあると思います。
運命とは受動的なものではなく、自分で作っていくもの、なぜならそれは自分で決めたから。

このことの真偽はわからないままです。
思い通りにならないこと、悲しいことや辛いことに対して、わたしたちは運命を恨みたくなることもあります。
けれど、自分で決めたのだとしたら、そのことに意味を与えることができるということ、それもまた自分で決めてもいいのだということ。

もしもどちらか選べるのなら、どちらかを信じるのなら、わたしは、
「自分で選んで生まれてきた」
ほうを選びたいと思いました。
運命に支配されない、運命に左右されない。
占いをする人も受ける人も、この気持ちを持つことは必要なんじゃないかと筆者も書いている通り、わたしも感じました。
占いというのは、命占であっても卜占であっても、意識の変容を促すものと言われます。
それだけ影響力もあり、占いが今日まで残っている理由のひとつだと思います。

わたしは占ってもらう立場になることも多いです。
今日の記事は自戒もこめて。

読んでいただき、ありがとうございます。

参考・Kindle 超次元占星術より 酒井日香 著


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