雑記

自分と他人との「差」について

誰しも生きづらいなと思うことはあると思いますし、今もそう感じている人はたくさんいるのだと思います。

生きづらさの原因は人それぞれだと思うのですが、自分と他人を比べたときに感じる感情は、生きづらさを増幅させるのではないでしょうか。

人はなぜ比べるのか。比べなくてもいいとわかっていても比べてしまうもの。
心理学者のアドラーは、

「人間であることは劣等感を覚えることだ」
と言っています。

残念ですが、生きている限り、社会を営む限り、人と比較したり、されたりすることはある程度免れないとも言えそうです。

それでも、その中でいかに自分らしく生きるか、どうすればよりよく生きることができるか、というのが多くの人の目指すところではないかと思うのです。

荒療治ですが、比べる、比べられることに慣れるというのもひとつの方法だとは思います。
なるべく感情ではなく、淡々と状態を見て「比較する」というのは、買い物をしたりするときと似ているのかもしれません。

例えば、数学ができる子、できない子。
比較することは簡単です。
ただ、できない子=ダメではないし、できる子=素晴らしい子というジャッジはなるべくしないように癖をつけるといいかもしれません。
ただ、数学ができる子、できない子、ただそれだけ。

比較と差別が混ざってしまっていることが多いと感じますし、そのことが多くのトラブルやストレスの原因にもなっているのではと感じます。

もちろん、差を埋める努力をしてもいいし、無理にしなくてもいい。
比べることが楽しければそれでもいい。

前にわたしの知人が、息子に言ったことがあります。

「男の子やし、力強いし、お母さん、いっぱい手伝ってあげてね」

それに対して、息子は、

「差別しないで」

と言いました。知人はこう返しました。

「それは、差別じゃなくて区別だよ」

区別と差別が混ざってしまっていると感じることも多いです。
区別は必要だとわたしは思いますが、受け取る側の被害者意識が強いと差別にも聞こえるのかもしれません。

わたしは息子も知人もえらいなと思いました。

まずは、自分が「比較」「区別」ができるような生き方をしていきたいなと思う今日このごろです。

わたし自身も他人と比べると恥ずかしくなるようなことばかりですが、なるべく「比較」「区別」として受け取る練習をしていきたいと思っています。

読んでくださり、ありがとうございます。

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